macrocosm



平成29年度国際青年育成交流事業

国際青年交流会議

International Youth Conference

9月27日(水)~29日(金)ホテルニューオータニ東京

国際青年交流会議は、平成6年度に皇太子同妃両殿下の御成婚を記念し開始された国際青年育成交流事業の一環として開催される青年たちのための会議です。

この会議では、国際青年育成交流事業により海外に派遣された日本青年及びドミニカ共和国、エストニア、ミャンマー、チリ、アイルランド、ヨルダンから招へいされた青年が一堂に会し、キャリア形成、メディアリテラシー、多文化共生の三つのコースに分かれて討論を行いました。これらの討論により、青年の社会参加への意識を高め、社会活動を促し、青年の育成と国際社会の一層の発展に資することを目的として実施しています。

課題別視察で千葉市国際交流協会を訪れ、協会の取組についての説明を聞く(多文化共生コース)
グループでディスカッションする(メディアリテラシーコース)
日付 プログラム
9月26日(火) 参加青年来日
歓迎夕食会、オリエンテーション
9月27日(水) コースディスカッション
懇談会
9月28日(木) 課題別視察、コースディスカッション
文化交流会
9月29日(金) ディスカッションまとめ
成果発表会

本年度は、日本からドミニカ共和国、エストニア、ミャンマーにそれぞれ派遣された日本青年等40名と、ドミニカ共和国、エストニア、ミャンマー、チリ、アイルランド、ヨルダンから招へいされた49名の青年が三つのコースに分かれてディスカッションや課題別視察を行いました。

ディスカッションでは、各自の経験やエピソードを共有することにより、参加青年のキャリア形成に対する知見を広めたり、信頼できる情報源を複数見つけることの重要性を再認識したり、一人一人が公正に扱われるインクルーシブ社会をどのように実現できるかを討議したりするなどし、最終日には三日間にわたる活動をまとめた成果発表会を行いました。

コース名 テーマ
キャリア形成 人工知能時代における効果的なキャリアプランニングとは
メディアリテラシー メディアリテラシー
多文化共生 ダイバーシティ推進とインクルーシブ社会実現の視点
話し合った内容をまとめる(キャリア形成コース)
エジプトの民族衣装を試着する(筑波大学附属視覚特別支援学校)

一般財団法人 青少年国際交流推進センター主催

国際理解教育支援プログラム

一般財団法人青少年国際交流推進センターでは、日本の学校等に内閣府青年国際交流事業に参加をした経験がある在日外国青年等を講師として派遣し、国際理解教育支援プログラムを行っています。

今号では、筑波大学附属視覚特別支援学校で実施したプログラムを紹介します。

筑波大学附属視覚特別支援学校
日付 2017年12月11日(月)
担当者 佐藤北斗先生
宇野和博先生
対象 国際交流部員(8名)
テーマ The World of Friendship ~エジプト編~
プログラム
  • 自己紹介(講師と生徒)
  • 講師の母国の文化紹介
    (基本情報、挨拶、観光地、音楽等)
  • エジプト伝統料理(コシャリ、ファラフェル)の試食
  • 民族衣装試着
派遣講師 Mr. Mohamed Selim(エジプト)

受入担当者の感想

国際交流部顧問 佐藤 北斗

この度、セリムさんには筑波大学附属視覚特別支援学校に御来校いただき、高等部国際交流部の活動に御協力いただきました。ありがとうございます。また、このような貴重な交流会を企画いただいた青少年国際交流推進センターの皆様に感謝申し上げます。

国際交流部は「The World of Friendship活動」として、毎年部員たちの興味がある国を一つ挙げて、その国について調査しています。よく聞く国だけど、国そのものや文化について、日本ではあまり知られていない国を生徒たちは取り上げています。今までネパール、チェコ、ペルー、スウェーデンといった国を調査し、実際にその国から日本に来られている方との交流を通して、国や異文化を理解し、世界を知るといった活動をしています。

今回はエジプト。エジプトってどんな気候?エジプト料理ってどんな味?エジプトの音楽といえば何?といった基本的な質問から、エジプトの教育制度や大学進学率はどれぐらいなのだろう、エジプトでの雇用の実態や女性の社会進出はどうなのだろう。といった深い質問までどんどん話が膨らんでいき、あっという間の2時間でした。

講師のセリムさんには、生徒たちのためにわざわざエジプト大使館から民族衣装や、触って理解する物をたくさん借りてきてくださいました。また、エジプト料理のお店に頼んでエジプト料理を持ってきていただくなど、たくさん御準備いただけたおかげで、より理解が深まったようです。

「本物から学ぶこと」を私たちは大切にしています。本やインターネットで得たことが正しいのか、生徒たち自身で確かめることです。そのためにはエジプトの方から直接お話を伺い、交流する上で一つ一つ確かめていくことが大事だと思っています。また机上で学ぶこと以上に、交流を通して学ぶことの楽しさがあります。本やインターネットだけでは決して得られないことがたくさん学べます。この交流会で、エジプトの方とのコミュニケーションを通して、生徒たちそれぞれがテーマとしていることについて、深くじっくり習得することができたと交流会の様子を見ていて実感しています。

触って分かるエジプトの建造物のレプリカ
エジプトの建造物のレプリカに触れる
エジプト料理を試食する
伝統的なエジプト料理であるコシャリ(右)、ファラフェル(左)

受入担当者の感想

高等部国際交流部顧問 宇野 和博

本校は目が見えない・見えにくい生徒が就学する視覚特別支援学校です。この度は青少年国際交流推進センターの御協力により、エジプトの方から直接高等部の国際交流部員にお話を聞く機会を提供していただき、どうもありがとうございました。

生徒の中にはお話を聞く前はエジプトという国名やピラミッドだけは知っているというレベルから、エジプトの歴史や文化についてかなり事前学習した生徒まで様々でしたが、みなわくわくしながら準備を進めていました。

最初にそれぞれが自己紹介をした後、いざお話が始まりましたが、英語と日本語を交えた分かりやすい話に引き込まれ、エジプトの神秘にどんどんのめり込んでいくようでした。また、エジプトのお祭りで使われる歌をみなで歌ったのですが、音楽は更に親近感が増しましたし、視覚に障害があっても同じように分かり合える文化であることを実感しました。

更にわざわざエジプト料理を御準備いただいたのですが、コロッケのような料理や野菜料理をいただいた時は、みな口々に「おいしい」とつぶやいていたのが印象的でした。

最後にエジプトの衣装を着させていただき、記念撮影となりましたが、生徒からの質問の多さからしても、大変有意義な体験になったと思います。今回の交流では、視覚に障害がある生徒の特性を御考慮いただき、音楽、食べ物、衣装と生徒たちにとってハンディのない体験を重視していただき、御準備いただいたことに改めて感謝申し上げます。机上や紙面で学ぶ外国文化と違い、やはり現地の方と直接交流し、触れ合うことは、「障害者との共生」という視点だけでなく、「外国人との共生」という別の角度からのダイバーシティについて考える機会にもなったように感じています。

生徒の感想

モハメドさん、先日はエジプトのいろいろなことについて紹介していただき、ありがとうございました。世界でのエジプトの位置は想像していたより北でした。説明を聞いてから地球儀に触ってエジプトを探すと解りやすかったです。私は、記憶の中ではマカロニの入ったご飯を一度も食べたことがなく、コシャリは私にとってとても新鮮な料理でした。もう一つの料理もおいしかったです。エジプトの歌は明るい曲で、体が弾みました。アラビア語の特有の雰囲気を感じました。エジプトの服の素材が柔らかくて気持ちよかったです。今回は、英語と日本語の両方で説明を聞くことができ、エジプトのことをより深く知ることができました。エジプトは砂漠が国土のほとんどで、都市部ではドライバーをして働いている人が多いというお話が一番印象的で、クルマ社会であることが私の出身地と似ていると思いました。ありがとうございました。

(高等部1年 Mさん)

Thank you for talking about Egyptian topic. I could enjoy when we sang Egyptian song with you. It was so fun. I am interested in Egyptian culture. I want to visit Egypt someday.

(高等部1年 Oさん)

先日はエジプトの文化についてお話ししてくださり、ありがとうございました。私はエジプトといえばピラミッドというイメージしかなかったのですが、今回の交流会でより深く知ることができました。私は今回出していただいたお料理がとても印象に残っています。ヘルシーでとても食べやすいと感じました。世界の食文化に興味があるので、自分でもエジプト料理について調べてみたいと思いました。最後に体験させていただいたエジプトの服もとても興味深いものでした。女性の衣装がとても華やかで、明るい印象がすてきだと思います。準備やお話などをとても丁寧にしてくださり、貴重な勉強の機会になりました。今回は後半からの参加となり少し残念でした。また海外の文化に触れる機会があれば、積極的に学びたいと感じました。

(高等部2年 Tさん)

先日は、すばらしい御講演をありがとうございました。私は古代エジプトが好きで昔から興味を持っていたのですが、今回のお話で古代文明以外のエジプトの魅力も知ることができ、ますますエジプトに惹きつけられました。また、お料理を実際に持ってきていただけたことはとても嬉しかったです。今度はエジプトの視覚障害者のことについて学びたいと思います。

(高等部2年 Yさん)

講師の感想

Mohamed Selim (Egypt)

I was very excited when I was asked to be a volunteer in “International Understanding Education Support Programs (IUESP)” as a guest teacher for Special Needs Education School for the Visually Impaired, University of Tsukuba.

Actually, I was very nervous and worried about how to present my country, Egypt, in a simple way to the students there.

When I entered the class, the students greeted me with the Egyptian greeting (Alsalamu Alaikom “Peace be upon you”). I was very happy.

During the presentation, the students participated positively and asked me many questions about Egypt.

Moreover, I was astonished when they told me about Alexandria (a wonderful city located on the Mediterranean sea) and the story of Isis and Osiris (Gods in ancient Egypt).

I felt that the ice between us was melted and my anxiety vanished.

We talked about the Egyptian location, history, food, and music. And we sang an Egyptian song together.

To make the students understand more about Egyptian food, I took with me a traditional Egyptian food (Koshari&Falafel). The students were very happy after tasting it and some of them asked for more.

And at the end of the presentation, they gave me a present.

It was a very good experience for me and for the students. It was good to share our ideas and have a deep conversation in a cultural aspect about Egypt, comparing it to Japan.

After the presentation, I decided to go to many schools in Japan to make a presentation about Egypt and feel the same happiness again with the students.

モハメッド・セリム(エジプト)

「国際理解教育支援プログラム」で筑波大学附属視覚特別支援学校のボランティア講師のお話を頂いた時、私はとても興奮しました。

実は自国エジプトについて、どのようにしたら生徒にわかりやすく説明できるかとても不安でした。

私が教室に入っていくと、生徒たちがエジプトの挨拶「アサラーム・アライコム(あなたに平和がありますように)」と言ってくれたのが、とても嬉しかったです。

生徒たちは積極的に授業に参加し、エジプトについてたくさんの質問をしてくれました。

さらに、生徒たちがアレキサンドリア(地中海沿岸のすばらしい都市)とイシスとオシリス(古代エジプトの神々)の伝説について話してくれたのには驚きました。

生徒たちと打ち解けることができ、私の不安は消えました。

私はエジプトの位置、歴史、食事、音楽について説明し、エジプトの歌を生徒と一緒に歌いました。

エジプトの食事について理解を深めてもらうために、私は伝統的なエジプト料理(コシャリとファラフェル)を準備して行きました。試食した生徒たちはとても喜んでくれて、おかわりをする生徒もいました。

授業の最後には、生徒からプレゼントをもらいました。

今回の訪問は、私にとっても生徒にとっても大変良い経験になりました。皆でアイディアを共有し、エジプトと日本の文化を比較して、深い話ができたことが非常に良かったです。

授業を終えて決意したことは、日本で多くの学校を訪問し、エジプトについて授業を行い、生徒たちと一緒にまたこのような幸福を感じたいということです。

みんなで一緒に歌を歌う(筑波大学附属視覚特別支援学校)

第24回青少年国際交流全国フォーラム

日本青年国際交流機構第33回全国大会

青少年国際交流事業事後活動推進大会

岡山大会 基調講演録

2017年11月25日(土)~26日(日)、岡山県倉敷市にて、第24回青少年国際交流全国フォーラム、日本青年国際交流機構第33回全国大会、青少年国際交流事業事後活動推進大会が開催されました。

「国際交流活動を通して、持続可能な社会をつくろう」~東西融合する倉敷美観地区での地域の国際交流について考える~というテーマのもと、全国から関係者を含め約300名が集いました。

基調講演では公益財団法人大原美術館名誉館長(前理事長)の大原謙一郎氏に御講演いただきました。

以下に基調講演(抜粋)を紹介します。

日 付:2017年11月25日(土)
会 場:倉敷アイビースクエア
講演名:「大原美術館の働き方―持続可能な社会に向けて―」
講 師:大原謙一郎氏 公益財団法人大原美術館名誉館長
<略歴>
1940年、兵庫県神戸市に生まれる。東京大学経済学部卒業。エール大学大学院経済学部博士課程単位取得退学。倉敷レイヨン(現㈱クラレ)に入社。同社副社長、その後、㈱中国銀行副頭取歴任。1991年5月より2016年6月まで大原美術館理事長。他に岡山経済同友会代表幹事、岡山県教育委員会教育委員、倉敷商工会議所会頭、岡山県文化連盟会長等歴任。現在、(公財)大原美術館評議員、(公財)大原記念倉敷中央医療機構理事長、(公財)倉敷民芸館理事長兼館長、(公財)倉敷考古館理事長等を兼ねる。岡山県三木記念賞、日本放送協会(NHK)放送文化賞、倉敷市文化賞等受賞。著書に「倉敷からはこう見えるー世界と文化と地方についてー」など。

倉敷は「日本に数多くある美しく価値のある町の一つでありたい」と考えています。倉敷だけが美しくて価値のある町であればよいとは思っていません。私は今二つのことを大きなテーマとしています。一つは「文化・芸術・人文学」。科学技術も大事ですが、文化・芸術・人文学は国の在り方を決めるものです。もう一つは「地方の論理と主張」です。今の日本をクリエイトしてきたのは地方です。地方の論理と主張はとても大事なものです。私が常に申し上げているのは、日本は国中あらゆるところに世界一流の地方があるような国になろうということです。東京が世界一流の首都であることはすばらしいことですが、東京だけが世界一流の首都で、地方が二流、三流の美しくもなく、何の価値もない場所であってはいけないでしょう。ドイツ、イタリア、インド、中国にも必ず一流の地方があります。日本の国もそういうふうになっていきたいね。倉敷も全国に数多くある「美しくて価値のある町」の一つでありたい。

図1 エル・グレコ「受胎告知」となまこ壁 提供:大原美術館

大原美術館は昭和5年の創立から今まで、美術館の使命を深く考え、追求してきたということをお話しします。これはエル・グレコが描いた「受胎告知」と倉敷にある倉庫です(図1)。エル・グレコはニックネームで、本当の名前はドメニコス・テオトコプーロスです。ややこしい名前だからエル・グレコと呼ばれています。彼はイタリアでしばらく修行し、その後、スペインに行きます。

この写真の右側の倉敷の倉庫には漆喰が塗ってあって、その下にはなまこ壁が見えます。目地が盛り上がっていてなまこのように見えるのでなまこ壁と呼ばれています。スペインで異邦人として活躍していたエル・グレコが創り上げたこのマスターピースと、私たちが築き上げてきた商人(あきんど)の象徴であるこの倉庫、商人の町である倉敷の空気が合うのかというのが、私たちの一つのテーマ、国際交流の一つのテーマでもあります。

守ってきた商人(あきんど)の心意気

図2 提供:大原美術館

これは倉敷の町です。これは運河です(図2)。運河を通じて日本全国と倉敷はつながっていました。私たちはこういう美しい街並みを保ってきましたが、保っているのは街並みだけではないんです。この中にある物語というか、商人の心意気を私たちは一生懸命守ってきました。

私は神戸の東灘区、御影とか住吉とか芦屋との境目あたりの生まれです。近所には、住友さん、安宅さん、村山さん等の経済人が住んでいました。びっくりするんですけれど、この人たちはみんな美術館を持っています。白鶴美術館、香雪美術館、住友博古館、大阪の東洋陶磁美術館……すばらしい美術館です。この辺りに集まっていた商人たちはみんなそれだけの見識を備えた人たちだったんです。

文化、芸術、人文学は働く

文化、芸術、人文学は働くんですよ。どういうふうに働くかというと、まずクリエイションと生活のクオリティを高めます。心豊かになります。私は倉敷レイヨンという会社でいろいろな新規事業をやってきましたが、世界のトップ企業のビジネスパーソンには理学博士や工学博士はざらにいますけれども、先ほどの住吉のビジネスパーソンと同じで、必ず文化、芸術、人文学の素養があります。これを一言で表したのが、レジュメにある「アインシュタインのバイオリン」です。アインシュタインは学校の成績はあまり良くなかったんですが、子供のころからバイオリン大好き、音楽少年でした。アインシュタインの相対性理論の背後にはバイオリンの音色が流れているんです。

アメリカ、コロラド州のスキー場のある非常に美しい町にアスペン研究所があります。2000年に50周年記念の会議がありました。テーマはグローバリゼーション。世界の安全保障などについて議論をしました。この議論の最初と最後が大事で、最初は宗教のセッションでした。カトリック、プロテスタント、イスラム、道教、仏教の方がずらっと並んで、この21世紀に宗教者は何ができるかについて議論しました。最後は文化のセッションでした。何を議論したかというと、世界中で起きる文化の摩擦についてでした。ある国の人たちが美しいと思っていることを別の国の人たちは醜いと思う。この国の人たちが尊いと思っていることを、あちらの国の人たちはとんでもないと思う。例えば、太陽について考えてみましょう。私たちにとっては恵みの太陽、天照大神ですが、砂漠の国の人たちにとっては人間を食いつくす邪悪な力を持ったものかもしれません。このように国によってとらえ方は様々です。これをお互い分かり合えるようにするのが、文化に携わる私たちの仕事なんだということをアスペン研究所で議論しました。これが議論の締めくくりだったんです。日本もがんばっていこうということになりました。

世界と触れ合える場所を作りたかった

私は大原美術館の経営者です。大原美術館は倉敷に生まれ、今でも倉敷に頑固に腰を据えている美術館です。今から80年前の昭和5年にできました。その頃、日本はまだ国際社会にデビューしていませんでした。日本の青年たちは本当の世界とは何なのかを知りたがっていました。私のじいさんの大原孫三郎や児島虎次郎たちが考えたのは、世界と触れ合いたがっている青年たちに世界と触れ合える場を作ろうということです。これが大原美術館ができたきっかけでした。大原美術館はそういう意味では世界との触れ合いを求めている青年たちのためにこの倉敷にできた小さな窓だったかもしれません。小さく美しい窓でした。

地方が今の日本を創ってきた

倉敷に大原美術館ができてから20何年か経って、東京に似たような美術館ができました。ブリヂストン美術館です。ブリヂストンの石橋正二郎さんは久留米の方です。彼が久留米で学んでいた時の先生の一人に、洋画家の坂本繁二郎がいました。青木繁という絵描きもいました。久留米はすばらしい人材をどんどん出していました。そういう久留米で育った石橋さんがブリヂストン株式会社を作り、ブリヂストン美術館を作りました。門司には出光美術館があります。出光さんは門司の方です。全国でいろんな人たちが私立の美術館を作りました。先ほどお話した神戸住吉の住民たちも、私立の美術館を作ったんです。東京の国立西洋美術館を作ったのは、神戸の事業家である松方幸次郎さんです。

美術だけではないですね。マツダは広島がクリエイトした会社です。ダイハツは大阪、トヨタは豊田、スズキ、ホンダは浜松。今の日本を支えているのは、東京がクリエイトしたものだけではないのです。先ほど私は倉敷レイヨンの出身だと申し上げましたが、東レは滋賀の会社です。東レの創立記念日は滋賀事業所ができた日です。帝人は米沢です。日本のいろいろな場所のクリエイティブな心が今の日本を創ってきたのです。ですから、日本中のクリエイティブな心を絶対に失ってはならないのです。私たちは日本の中にも異文化があるということに気付くべきであり、互いに尊重しながら、もっともっと分かり合えるようになりたいと思っています。

大原美術館の最初のコレクション

図3 児島虎次郎「里の水車」 提供:大原美術館

大原美術館の最初のコレクションを選んだ時のことをお話しします。児島虎次郎は日本にいる頃はこういう絵を描いていました(図3)。そしてヨーロッパに留学します。びっくりしますよ。こうなります(図4)。いっぺんにこうなります。このギャップってすごいでしょう。児島はヨーロッパに3回留学しています。しかし、ヨーロッパから帰って来るたびに、東洋人としてのアイデンティティーをしっかりと持ち直しているのです。実は、大原美術館が今でも大事にしているのは、そういう作品なのです。

図4 児島虎次郎「ベゴニアの畠」 提供:大原美術館

これはピカソです。1942年、ナチに占領されているパリでピカソが描いた壮絶な絵です。当時、ナチに占領されていたフランスでは、銃を取って抵抗した人たちもいましたが、一般市民はどうやって抵抗していたかご存知ですか?ナチの兵士を徹底的に無視したんです。兵士がいることに気がつかないふりをして、日常生活を続けました。なぜこの話をしたかというと、何年か前、パリでテロがありましたね。何人もの人が命を失いました。パリに取材に行ったとき、街角でバケットをかついで帰ってきているある奥さんに話を聞いたところ、「私はあたかも何事もなかったかのように日常生活を続けます。これが私のテロに対する抵抗です」と言われました。戦時中、ナチに対して抵抗運動をしていたフランスの市民たちが、ナチの兵士を徹底的に無視していたというその記憶が、今もその奥さんの中に生きていたのです。この絵を見たらあの奥さんの話を思い出しました。

図5 小出楢重「Nの家族」 提供:大原美術館

これは小出楢重が描いた「Nの家族」という絵ですが(図5)、圧倒的に日本人のアイデンティティーでしょう。でも、絵の右下にはホルバインの画集が描かれています。下部にあるリンゴと布は明らかにセザンヌに対するオマージュ(尊敬、敬意)です。圧倒的に日本人のアイデンティティーなのだけど、自分の心は世界に向けて開かれているよというメッセージが読み取れます。これこそが大原美術館のメッセージなのです。私たちは日本人としてのアイデンティティーを大事にします。しかし、世界に対していつも開かれているというアイデンティティーも持ち続けていきたいのです。

モネが選んでくれた絵

図6 モネ「睡蓮」 提供:大原美術館

これはモネの「睡蓮」(図6)。モネは日本の美術を深く理解している人でした。これは児島虎次郎のためにモネが選んでくれた3点の中の1点です。なぜ、モネはこれを選んだのか。なぜ、モネは日本の美術に感銘を受けたのか。それは、日本の美術が額縁の中のミクロコスモスに限定されずに、外の世界との関わりを持っているからです。例えば、床の間に軸を掛けるとします。周りは障子でしょう。障子に朝の光が当たっている時と、夕方の柔らかい光が当たっている時とでは、掛け軸は明らかに景色を変えます。外の世界の光に非常にうまく反応するのが日本の美術です。西洋の美術は、額縁の中に微動だにせずにいる完成されたミクロコスモスです。この違いを知っているから、モネは児島のためにこの絵を選んだのだろうと思うのです。この絵には橋もなければ舟もなければ木の枝もない。ただ水と空気があるだけなんだけど、周りに漂っているちょっと白っぽいような空気の感覚がこの絵の中にはあふれていますよね。そういうものを日本人は感じとってくれるに違いない。この絵こそが、日本の座敷の床の間に掛けて、一番美しく外の光と反応してくれる作品であるのかもしれない。実際、私たちはこれを床の間に掛けてみました。本当にそうでした。外の光ときれいに反応してくれたのです。

日本の美術と世界の美術には違いがあるものの、こんな風にして、世界の美術と日本の美術の橋渡しをしているということを感じとっていただければ嬉しいです。私たちはこういうことを考えながら、仕事をしています。

地元にある価値あるもの

自分たちの地元にあるものをもっと発掘していただきたいと思います。お国自慢ではないですが、平成22年に岡山県で国民文化祭をしました。国民文化祭とは、日本中から文化の担い手たちが集まってきて、いろんな町でいろんな行事をやるお祭りです。岡山の場合、倉敷で西洋美術のお祭りをしました。大原美術館があるからです。将棋の祭りも倉敷でしました。これは大山康晴十五世名人が倉敷の出身だからです。囲碁の祭りは少し北の矢掛町でしました。矢掛町は遣唐使であった吉備真備のゆかりの地です。この人は勉強では誰にも負けなかった。唐の人が悔しがって、遊びならどうだということで囲碁を打ったら、吉備真備が勝ってしまいました。そういうわけで、囲碁のフェスティバルは矢掛町で行われました。奈義町というところでは地歌舞伎のフェスティバルがありました。全国いろんな所に地歌舞伎がありますね。奈義町の横仙歌舞伎はその中の一つの大きな勢力です。奈義町の子供たちは、地歌舞伎の伝統があるので小学校4年生で歌舞伎のセリフを暗唱できます。熊山町では、現代詩のフェスティバルがありました。熊山町は永瀬清子さんという現代詩のパイオニアが生まれたところです。日本を代表する詩人の先生が来られて、みんなでバスを連ねて永瀬清子さんのお墓参りをしました。

敵とうまく付き合う

「敵を考える」ことも大事です。これからの世界は、敵との付き合い方が大事になってきます。今日は最初から、私が「商人、商人、商人」と申し上げてきたことにお気付きでしょう。お武家様は敵と付き合うのが下手です。武士道では敵と付き合えない。だから、武士道を国是とする国は敵とうまく付き合えない。商人は敵と付き合います。敵とうまく付き合わなければ商売ができませんから。近江商人が「三方良し」を家訓としているのは有名な話ですね。「三方良し」とは、「売り手良し」自分が儲かればよい、もちろんですよね。「買い手良し」お客さんにも儲けていただかなきゃいけない。「世間良し」は近江商人の専売特権ではありません。日本中のあらゆるところで商人たちが実行してきました。小渕内閣の時に「21世紀日本の構想」懇談会が行われ、「新しい公共」というスローガンが掲げられました。これまでは、「公共のことは公が行う。公益は公が全てを担う」ということになっていましたが、「これからは民間も公益を担いましょう。これが新しい公共です」ということになりました。

近江商人の本場である滋賀県で、NPO関係の学会があった時、主催者が「今、東京では新しい公共とか何とか言っているね。我々にとっては新しい公共やなくて、懐かしい公共やで」とおっしゃっていました。昔々、近江にある延暦寺の伝教大師最澄さんを始めとして、みなさんがいろんなことを行ってきた結果として今の日本があるのです。

今、日本で国宝が一番多いところはどこか御存じですか?東京です。博物館などがたくさんありますから。その次が京都、奈良。その次はどこだと思われますか?滋賀県です。しかも他を引き離して多いです。それくらい深い文化の蓄積を滋賀県は持っているのです。近江商人の伝統を持った滋賀は、民間が公益を担うということを平安時代からやっていたのです。私たち滋賀県民にとっては、新しい公共というより懐かしい公共ですと滋賀の方が言っておられて、非常に感銘を受けました。日本はいろんなところにいろんな歴史と文化のつながりがあります。この歴史と文化のつながりを保ちながら、この国を作り上げていきたいと思います。

文化に働いてもらう

「敵を考える」という商人の道を極めていけば、敵について考えることがもう少し上手になると思います。これについては、参考になる国があります。オーストリアです。オーストリアは東西冷戦時代、ハンガリーやチェコといったソ連圏の国々に囲まれていました。自国の安全と独立を守るためにオーストリアが何をしたかというと、ウィーンは世界の文化首都であるというイメージを世界に発信したのです。ウィーンフィルハーモニー、国立オペラ劇場、ザンクトシュテファン寺院、シェーンブルン宮殿…。ウィーンは世界中から支持されている文化首都の一つです、と世界中にPRしました。このウィーンを踏みにじるのは世界の野蛮人だ。まさかソ連はそんなことをしないだろうね。これがオーストリアの安全保障に非常に大きな役割を果たしました。

もう一つは、国連機関を誘致したことです。例えば、IAEA国際原子力機関はウィーンにあります。自分の国の尊厳を保つ方法はいろいろあります。敵と上手に付き合うということは、文化に働いてもらうといった多面的な方法をとっていくことも必要です。

日本に対する見方を変えてくれた文化

この間、「来年は平成30年だね」と若手の人たちと話していました。「これを機会にこれからの30年のことをいろいろ考えたいね」と言っていました。昭和元年から昭和30年までについて思い起こすと、昭和元年、第一次世界大戦が終わって、大正デモクラシーがあって、ワイマール共和国ができて、そういう希望に満ちた時代から、日本は軍国主義の道を歩み、侵略の道を歩み、無謀な戦に入っていって、国を滅ぼしてしまいました。戦後、瓦礫の中から日本が立ち上がる時、世界が日本に対して注いでいたまなざしは非常に厳しかったのです。世界の隅っこで、東アジアの隅っこで、キーキー騒ぐちっちゃな奴がバカな戦争を始めて自滅したぐらいに考えられていました。これでは困りますね。そうじゃないよ、ということを示したくて日本政府は何をしたか。ヨーロッパ巡回日本古美術展です。その古美術展がどんなに力になったことか。これによって、世界の日本に対するまなざしはがらっと変わったのです。日本が瓦礫の中から立ち直る時に、古美術展や小澤征爾さんという存在が大きな力になったのです。戦後、国の立ち位置を固めてくれた一つの大きなファクターは文化でした。

文化、芸術、人文学、歴史、国の立ち位置、敵との付き合い方、商人の考え方、お武家様の考え方、いろんなことを総合的に考えて世界と付き合っていかなければなりません。世界は一筋縄ではいかないのです。本当に申し訳ないことですが、私たちの世代が残してしまった負の遺産がたくさんあります。これらをどうやって克服するのか、どうやって解消していくのか。解消するのに時間がかかるとすれば、少なくとも当面の間はどうやって無毒化、弱毒化するのか。こうしたことも世界とつながっていくための一つの問題として考えていただければと思います。大原美術館も考えています。レジュメの中に「大原美術館は多文化理解の装置である」と書きましたが、大原美術館は、世界中の人々が、日本の私たちが幸福で平和に過ごせるように一生懸命考えています。そして、世界とつながる皆さんも一緒に考えていきましょうと申し上げて、私の話を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

第24回青少年国際交流全国フォーラム

平成29年度青少年国際交流を
考えるつどい(ブロック大会)報告

四国ブロック大会
開催日: 平成29年7月15日(土)~16日(日)
開催地: 愛媛県今治市 今治市民会館
テーマ: 『ゆるキャラを通じた地域活性』
~ゆるいからこそつながれる~
参加者: 50名
今治ゆるキャラ「バリィさん」の生みの親である第一印刷株式会社代表取締役の西原孝太郎氏による基調講演
関東ブロック大会
開催日: 平成29年10月14日(土)~15日(日)
開催地: 山梨県富士吉田市 富士カーム
テーマ: 富士の国山梨
耕そう 蒔こう 育てよう
この地から始まる未来への道
参加者: 75名
分科会3の「御朱印帳づくり」で御朱印帳の表紙、裏表紙に地元の「ふじやま織」を選ぶ
近畿ブロック大会
開催日: 平成30年1月13日(土)~14日(日)
開催地: 和歌山県有田市 鮎茶屋
テーマ: 平和と尊い命のために、
今、国際交流を考える
参加者: 75名
地域理解研修で漆器うるわし館を訪れる

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