macrocosm



一般財団法人 青少年国際交流推進センター主催
国際理解教育支援プログラム

一般財団法人青少年国際交流推進センターでは、内閣府青年国際交流事業に参加した経験がある在日外国青年等を日本の学校等に講師として派遣し、国際理解教育支援プログラムを行っています。 平成28年10月から12月までに実施したプログラムを紹介します。

第5回

日付 平成28年10月20日(木)
実施先 福生第六小学校
担当者 山上雅子先生(6年担任)
対象 6年生(66名)
目的 国際理解教育と人権教育
プログラム 外国人講師が母国の文化を紹介した後、
  • 文化の違いで困ったこと
  • 外国人として、周りにいる日本人と違った対応をされて不満に思ったこと
  • 文化の異なる人と共生するには何が必要か
等の児童からの質問に答える。
派遣講師 Mr. Ahmed Elsayed Moustafa Hegab(エジプト)
Ms. Enkhbold Uyanga(モンゴル)
モンゴルの文字について学ぶ

講師の感想

Enkhbold Uyanga (Mongolia)

First of all, I would like to express my earnest appreciation to the Center for International Youth Exchange for providing an opportunity of priceless experience and precious time with bright children of Japan. I had a chance to teach about my country and culture according to the topic of “International culture and Human rights education” as a guest teacher at Fussa Dai 6 Elementary School. During the class I was touched by how much the young kids were taught about different cultures by their class teachers and yet, how enthusiastic their curious minds still were.

At the beginning of the presentation all the students were shy and quiet, but once, one or two outexpressing kids broke the ice with a few interesting questions, everyone else, one after one, started showering us -guest teachers- with unexpected intelligent questions. At some point, I had to take a moment to think to give them well articulated answer. At the end of the class, they still had more and more questions, unfortunately, as it is said- guest teachers are meant to leave.

I hope that I could contribute to vision to widen the children’view towards the global world.

エンヒュボルド ウヤンガ(モンゴル)

最初に、かけがえのない体験と、日本の利発な子供たちと貴重な時間を過ごす機会を頂いた(一財)青少年国際交流推進センターに感謝します。福生第六小学校でゲストティーチャーとして、「国際理解教育と人権教育」のテーマに沿って自分の国と文化について教えることができました。授業中に感動したことは、幼い子供たちが異なる文化についてとても多くのことを学校の先生に教わり、さらに私たちの話もとても熱心に興味深く聞いていたことです。

プレゼンの冒頭は、子供たちはシャイで静かでしたが、1、2名の活発に発言する児童が面白い質問をした後は、緊張が解けたようになり、私たちが予想もしなかった知的な質問が次から次へと続きました。的確な答えを返すために、私も少し考える時間が必要な程でした。授業の最後も、まだまだ質問があるようでしたが、残念ながらゲストティーチャーは教室を出なければなりませんでした。

グローバル社会に向けて子供たちの視野が広がるような機会を提供できたのなら嬉しいです。

エジプトの講師が母国の文化を紹介する
モンゴルの講師が児童からの質問に答える

第6回

日付 平成28年12月4日(日)
実施先 立教大学コミュニティ福祉学部
担当者 空閑厚樹先生、佐藤太先生
対象 学生・教職員等(約10名)
目的 田畑やキッチンでの実際的な活動を通して英語とディスカッションを学ぶ
プログラム
  • 参加者自己紹介
  • 畑での野菜収穫作業
  • 外国人講師によるスリランカ文化紹介
  • 外国人講師と共にスリランカ料理の調理実習と昼食
  • 小グループで「仕事と人の幸せ」をテーマに意見交換
派遣講師 Ms.Hasanthi Praharsha(スリランカ)
スリランカの講師が母国の紹介をする

受入担当者の感想

立教大学コミュニティ福祉学部国際交流委員会
「小川町プログラム」企画運営担当 佐藤 太

立教大学コミュニティ福祉学部国際交流委員会企画の「小川町プログラム」にスリランカのハサンティさんをお呼びして交流会を実施しました。「小川町プログラム」は大学の国際化推進事業の一環として昨年度から始まったもので、担当教員の空閑先生と相談しつつ、「英語をコミュニケーションの道具として使ってみる」「有機農業を体験することを通して持続可能な暮らしについて考える」「日本でできる国際交流プログラムを実施する」の3点を目標に実施しています。昨年度実施した第一期では、参加者から日本で暮らす外国人との交流の機会を設けてほしいとの希望が出されたため、今年度は青少年国際交流推進センターにお願いしてハサンティさんを紹介していただきました。

ハサンティさんは、まずスリランカが四つの異なる民族から構成されている国家であることを、国旗を使って説明してくださいました。そして、暮らしを支える農業のこと、日々の食事について、伝統医療の活用方法など具体的に語ってくださいました。その後、ハサンティさんに教えてもらいながらスリランカの一般的な料理であるカレーを皆で作りました。そして、食べる際もスリランカ式の右手を使って食べる方法を教わり、結局皆テーブルにあったフォークやスプーンは使わずに完食しました。食事の後には小グループに分かれ、「仕事と人の幸せ」をテーマに話合いをしました。スリランカの人々の仕事に対する考え方を聞くことで、仕事よりも家族の時間を優先していることを教えてもらいました。

豊かな自然に恵まれ、家族との時間を大切にし、異なる民族が共存して成立しているスリランカの日常生活について教えていただくことで、日本での暮らしをこれまでとは異なる視点から見直す機会となりました。また、このように具体的な事例を通して異なる視点に気付くということは、今の暮らしを当たり前とせずに新たな視点から持続可能な暮らしを考えるヒントにもなると感じました。

貴重な情報提供をしてくださったハサンティさん、コーディネーターとして青少年国際交流推進センターから来てくださった大久保正美さんに感謝申し上げます。

畑から調理実習に必要な野菜を収穫する
無農薬で野菜を育てる意義を考えながら収穫する

講師の感想

Hasanthi Praharsha (Sri Lanka)

As the guest teacher at the International Understanding Education Support Program in Ogawa, I did an introductory presentation on Sri Lankan food, agriculture and Ayurvedha. It was a precious chance for me to interact with some Japanese personalities. Besides, I could introduce my country and its culture to them as well.

Apart from the presentation, the organizers asked me to prepare a Sri Lankan Dish for lunch. I thought of preparing a mixed-vegetable curry using Sri Lankan curry powders. My idea was to introduce the difference between Sri Lankan and Japanese curries. So, I made a list of ingredients and Mr. Futoshi ordered them through Internet. During the program, we all got together and prepared it with the vegetables plucked from Mr. Futoshi’s vegetable garden. I noticed that everyone worked together so happily without any discrimination. Most importantly, they all experienced and enjoyed the Sri Lankan way of eating by hand. During the presentation, I explained them how to eat by hand using some pictures. Moreover, I mentioned about tablemanners of eating by hand and the logic behind it.

After lunch, there was a fruitful discussion on ‘Job Satisfaction.’I could broaden my knowledge about Japanese society and compare and contrast it with my own culture too. Attending the program was a great inspiration for me as well. Therefore, I would like to express my sincere gratitude to everyone who offered me this wonderful opportunity.

ハサンティ・プラハルシャー(スリランカ)

小川町での国際理解教育支援プログラムで、ゲストティーチャーとしてスリランカの食べ物・農業・アーユルヴェーダ等を紹介しました。日本人と交流ができ、また母国や文化を紹介できる貴重な機会になりました。

プレゼンテーションの他に、昼食にスリランカ料理を作ることも運営者から頼まれました。私はスリランカのカレー粉を使ってベジタブルカレーを作ろうと思いました。日本のカレーとスリランカのカレーの違いを紹介できると考えたからです。私は材料をリストアップし、佐藤さんにネットで注文してもらいました。プログラムでは、みんなで佐藤さんの畑から収穫した野菜を使ったりしながら、参加者全員で協力しあい、差別なく楽しく準備することができました。もっとも重要なことは、スリランカ式に全員が手での食事を楽しんだことです。私は写真を見せながらどのように手で食べるのかを説明しました。テーブルマナー、手を使って食べることの論理的な背景も伝えました。

昼食後、「仕事のやりがい」をテーマに実り多いディスカッションもありました。日本社会について見聞を広めることができ、母国の文化と比較してみることもできました。このプログラムに参加して、私も刺激を受けました。このすばらしい機会を下さった全ての方に感謝します。

スリランカの食文化を学んだ後、実際に料理を作る
調理実習後、講師の指導のもとスリランカ料理を手で食べる

実施を希望する方は、お気軽にお問い合わせください。小・中学校、高等学校、大学、自治体等の御依頼に沿ったプログラムのコーディネートと講師派遣を行っています。

<プログラム内容例>
※プログラムの時間・内容・対象学年・講師派遣人数等は、依頼先の御希望を伺いながら決定していきます。
① 全校生徒対象、講師3名派遣の事例
10:15 講師が学校に到着、校長・担当教諭とのオリエンテーション
10:45~11:30 3時限目 1、3、5年生の各クラスにて、講師による文化紹介、児童による日本文化紹介
11:35~12:20 4時限目 2、4、6年生の各クラスにて、講師による文化紹介、児童による日本文化紹介
12:30 講師の振り返り、解散
② 2学年(各学年2クラス)対象、講師2名派遣の事例
9:30 講師が学校に到着
校長・担当教諭とのオリエンテーション
9:55~10:40 2時限目 体育館にて5、6年生合同で歓迎会
児童による学校・地域の説明、パフォーマンス披露
10:45~11:30 3時限目 5学年の各クラスにて講師による文化紹介
11:35~12:20 4時限目 6学年の各クラスにて講師による文化紹介
12:30~13:20 給食交流
13:30 講師の振り返り、解散
③ 1学年対象、講師1名派遣の事例
10:15 講師が学校に到着
校長・担当教諭とのオリエンテーション
10:45~11:30 3年生2クラス合同クラス
3時限目 家庭科室にて、講師による文化紹介
講師の母国の料理を一緒に作り、試食する
11:35~12:20 4時限目 (3時限目より継続)
12:30~13:20 給食交流
13:30 講師の振り返り、解散
◆問合せ先
国際理解教育支援プログラム担当:大久保正美 E-mail: iuesp@iyeo.or.jp Tel: 03-3249-0767

青少年国際交流事業事後活動推進大会

日本青年国際交流機構第32回全国大会

第23回青少年国際交流全国フォーラム

新潟大会

平成28年8月27日(土)~ 28日(日)、新潟県新潟市にて、第23回青少年国際交流全国フォーラム、日本青年国際交流機構第32回全国大会、青少年国際交流事業事後活動推進大会が開催されました。「世界につながる ものづくり精神と人材育成~越後から始まる物語(ストーリー)~」という大会テーマのもと、全国から関係者を含め約200名が集いました。

基調講演では、玉川堂代表取締役七代目の玉川基行氏に御講演いただきました。玉川氏は2003年七代目社長に就任、2016年には創業200周年を迎えた伝統産業の家業を継承し、フランス・シャンパーニュ地方の名門メゾン「KRUG」とのコラボレートや新製品開発など、地場産業として国内唯一の鎚起銅器産地の発展に尽力しておられます。

以下に基調講演(抜粋)を紹介します。

日程
第1日目・8月27日(土)
13:30 開会式
14:00 基調講演「世界につながるものづくり精神と人材育成」
講演者 玉川堂代表取締役七代目 玉川基行氏
15:15 記念写真
15:45 分科会 10の分科会を設定
19:00 懇談会
第2日目・8月28日(日)
9:00 日本青年国際交流機構 表彰式
9:30 各都道府県及び個人の事後活動紹介
11:00 閉会式
11:30 地域理解研修
玉川 基行(たまがわ もとゆき)氏
玉川堂代表取締役七代目
<略歴>

1970年 新潟県燕市生まれ。1995年 玉川堂入社、2003年七代目社長就任。今年、200年を迎える伝統産業の家業を継承し、フランス・シャンパーニュ地方の名門メゾン「KRUG」とのコラボレートや異業種との新製品開発など、地場産業として国内唯一の鎚起銅器産地の発展に尽力している。2014年8月、東京・南青山にて直営店第一号の玉川堂青山店を開業。2017年春には直営2号店である銀座店開業を予定し、海外主要都市での開業も見据えている。

基調講演「世界につながるものづくり精神と人材育成」

講師:玉川 基行 氏 玉川堂代表取締役七代目

新潟県燕市の玉川堂と申します。玉川堂は一枚の銅板を金鎚で叩いて縮めながら器を作る「鎚起」という技術を用いて銅器を作っています。1816年が創業で、今年でちょうど200周年になります。一般的に鉄器は叩いて伸ばすイメージですが、鎚起銅器は叩きながら器状に縮めていくという、特殊な技術が要ります。「鉄は熱いうちに打て、銅は冷まして打つ」という言葉のとおり、鉄は火に入れて熱いうちに叩いて伸ばしながら成形していきますが、銅は叩くと固くなり、熱してから冷ますと柔らかさが戻るという特性があるため、叩いて打ち起こしては熱して柔らかくし、また叩いて成形することを何度も繰り返します。また、玉川堂の鎚起銅器のもう一つの特色は着色です。銅に錫を焼き付けた後、硫化カリウムという温泉の成分に漬けると、硫化という化学反応によって表面が黒くなります。これを磨き落としたり、硫酸銅と緑青で煮ることによって、銅器に8色の色を表しているのです。

200年前から伝わる「命」

玉川堂で200年前から伝わっている「命」という言葉を紹介します。「人」が「一」枚の銅版を「叩」くことで「命」が生まれます。昔、弥彦に間瀬という銅山があり、そこから採れた良質の銅のお陰で燕は銅の産地になったのです。そして昔から世代を超えて受け継がれてきた言葉、「人が一枚の銅板を叩くと、命が生まれる」を肝に銘じて、今も私たちは銅器を作り続けています。

銅は熱伝導が非常に良く、ステンレスの25倍もあります。また、銅には殺菌作用があり、例えば湯沸の場合、お湯が柔らかくまろやかになります。銅の急須もお茶がまろやかになりますね。日本茶だけではなく、紅茶やハーブティーでもそうです。素早い熱伝導によって葉がよく開きます。次に酒器ですが、新潟と言えばぐい呑みですよね。ガラスのぐい呑みと銅のぐい呑みで日本酒を飲み比べると味が違うのです。ガラスはピリっときますが、銅は口当たりが柔らかくまろやかになる。また、新潟は枝豆が有名なのですが、枝豆をステンレス鍋で茹でるのと、銅の鍋で茹でるのとでは茹で上がりの色の鮮やかさが違います。このように銅は昔から生活道具として馴染み深い素材ですが、熱が早く全体に伝わり、水の雑味をまろやかにする銅の持つ特性をいかした先人たちの智慧がものづくりに今も生きているのです。

15万円のコーヒーポット

弊社では近年様々な商品開発を行っていますが、その中にコーヒーポットがあります。このコーヒーポットは15万円です。通常のポットの数倍の価格ですが、非常に多くの方にお求めいただき、玉川堂の中でもかなりのヒット商品となりました。担当した職人は、コーヒー専門の方々に実際に使ってもらって意見を頂戴し、使い勝手の上で何度も試作を繰り返した結果、お客様に御納得いただける形状を実現しました。コーヒー通の方は豆だけでなく道具にもこだわっているため、職人のこだわりが通じた結果と言えるでしょう。

次に、この一輪挿しは女性の職人がデザインしています。玉川堂は、過去200年間ずっと男性のみの職人文化だったのですが、6年前から女性の職人が入り、現在では5人います。女性ならではの視点で完成したこの一輪挿しは、若い世代のお客様が手に取って下さり、伝統工芸である鎚起銅器を知っていただくきっかけとして、大きな役割を担う製品となっています。

これはシガーコレクションです。葉巻は日本ではあまり馴染みがありませんが、海外に行くとシガーは大きな需要があり、海外のバイヤーやお客様から反響がある製品です。

次は腕時計です。スイスの時計メーカーとコラボレーションで作ったものです。文字盤に鎚目を施し、着色をしています。

車のメーカー、マツダさんと鎚起銅器とのコラボレーションも実現しました。マツダさんというのは今、国内の車メーカーでは一番のっているメーカーだと思います。マツダさんのデザイン・コンセプトは「魂を動かす」と書いて「魂動」です。これを鎚起銅器で表現し、去年ミラノで、玉川堂とマツダさんが合同で展示会に出展しました。「魂を動かす」。「命を生む」。作るものは違えどその根底に流れるコンセプトを互いにリスペクトし、今後も共に新たなものづくりの可能性を試みていきます。

玉川堂の職人は今、22名います。毎年、30人から40人の就職希望者の中から2人を採用しており、今20代、30代の職人が半分位いますが、若手の女性職人が非常に一生懸命ですね。ベテラン職人に習い、技術の修得や新たなアイデアを生み出すことに懸命な様子がうかがえます。

玉川堂の経営理念、コーポレートスローガンは「打つ。時を打つ」です。愛着を持って銅器を受け継ぎ、時を刻んでいく。銅器は時を経て人の手で乾拭きを繰り返すことによって、色の深まりと美しい艶が表れてきます。玉川堂の銅器は工場にいる段階では生まれたての赤ちゃんで、この赤ちゃんをお客様の生活の中で少しずつ育てていくのです。時を経た銅器はまさにそのお客様にしか出せない円熟味を得ていくのです。

5回の廃業の危機に直面して

1816年創業の玉川堂ですが、この200年の間にはいろんな歴史がありました。実は、過去5回廃業の危機に見舞われました。明治時代、海外事業に失敗、また、工場の火災があり、全財産を失いました。昭和初期、これは玉川堂だけではなく全国どこでもそうでしたが、昭和の初期に不況に苦しみ、そして戦時中、金属類回収令によって銅が手に入らなくなり、2年間廃業に追い込まれました。さらに戦後においても、銅の価格高騰により、窮地に追い込まれたこともありました。さらに近年では1995年、私が入社した年なのですが、六代目の親父の時に比べて売り上げが3分の1に減っており、私が入社する一か月前には従業員の半分が解雇となったのです。このように玉川堂は、長い歴史の中で経営上の大きな波をくぐり抜けてきたのです。

これから玉川堂の経営についてお話しします。玉川堂は「私たちが作った銅器を、私たちのお店で、私たちの手で販売」しています。しかし、1995年、私が入社した当時は、地元の問屋を通して販売していました。つまりお客様の声が全く聞こえない状況でものを作っていたのです。そこで、私は問屋を流通から外すことを決めました。地元燕三条は問屋が非常に盛んなところで、品物は問屋から百貨店に渡るというのが流通形態の軸でした。それを私は世間知らずにも、地元の問屋を通さず百貨店に直接売り込みに行ったのです。直接製品を見てもらい、徐々に百貨店側からその価値を認められ、信頼を得て、1996年、私は百貨店と直接取引を始めました。このような流通改革を行うことで、鎚起銅器の持つ価値が認められ広まっていくにつれて、経営の方も徐々に軌道修正が成されてきました。2003年には海外の見本市にも参加しました。新潟県は海外進出に非常に積極的な地域で、新潟県の地場産業を集めて、海外のブランドに推進していこうと立ち上がった「百年物語」という企画に乗ったのです。この見本市に出展したことを機に取引につながる縁を得たこともありました。また、2014年には、東京の青山店をオープンさせました。

さらに来年、銀座の一等地に商業施設がオープンすることになっており、そこで玉川堂銀座店を開業します。いずれは海外への直営店も視野に入れています。中期の経営計画としては、15年かけて世界中に鎚起銅器の存在を知っていただき、15年後にはこの直営店を全てやめ、新潟県の燕市に外国人がどんどん来てもらえるようにしたいと思っています。もちろん、一部の直営店は修理機能として残すつもりですが、世界中から新潟県の燕市に来てもらう。工場を観光資源とする国際産業観光都市にしていきたいのです。岩室温泉や弥彦温泉もあります。いろいろなレストランがあります。この燕三条の工場と温泉とレストランが一体化した国際産業観光都市を目指したいのです。

これを実現に導くための一環として、今年で4回目の開催となる「燕三条 工場(こうば)の祭典」というイベントがあります。「工場(こうば)の祭典」は10月第2週目に実施しており、今年は10月6日から9日までです。燕三条地域には常時、工場見学ができるところが10軒ありますが、この4日間では100軒ほどの工場が見学を受け入れ、製作工程の説明や様々な体験を用意してお客様をもてなすのです。

ここでは是非職人の姿を見てほしいんですよ。ものづくりの現場を開放することは、それを見たお客様の製品に対する信頼と愛着をより強いものにしますし、作り手は、お客様に直接対応することで、いいものを作ろうという想いを製品に反映させることができます。燕三条はもともとは問屋を中心として発展してきた所なのです。だから、お客様の声が聞こえてこない。自分が作ったものがどういう評価を受けているのか分からないのです。でも、工場を開放することによって、お客様が工場に来てくださり、職人はお客様から直接意見を聞くことができます。例えば日本料理なら、お寿司を握ればお客様の会話が聞こえるし、天ぷらを揚げればお客様の声を直接聞くことができます。ただ、伝統工芸にはそれができない。私はお客様の声をちゃんと聞いて、それを商品にフィードバックしたいのです。使う人の声を聞いて、いいものを作る。これからはその、当たり前のことをやっていきたいと思っています。

新潟の人口はナンバーワンだった

ちょっと新潟の自慢をさせてください。明治時代、新潟の人口は160万でした。江戸は130万人です。ということは、東京よりも新潟の方が30万人多かったのです。それは新潟が農業王国だったからです。新潟のこしひかりは世界中で信頼されています。また、長者番付でも新潟が全国一だったんです。長者番付10人のうち5~6人ぐらいが新潟県人なのです。伝統工芸の数については、京都に次いで全国第2位です。全国には222の伝統工芸の産地があり、そのうち17が京都にあって、16が新潟にあります。この16産地というのは、それだけ人口が多く、長者番付10人中、5~6人が新潟県人ということも影響しています。玉川堂の長い歴史の中では、高級品を依頼しそれを購入くださるという言わばパトロンのような存在の方が何人かいました。いいものの価値を認め、それを作らせることで技術を高める機とし、職人の技術を絶やさず高めるための支えとなった存在が新潟県には多くいました。彼らの存在によって新潟の文化が継続し作られていったとも言えるのです。

発想力は移動距離に比例する

新潟県の燕三条地域は、戦後どんどん海外進出してきました。私は1995年に入社し、多くの燕三条地域の社長の言葉を学んで様々な経営を知りましたが、一番勉強になったのが「発想力が移動距離に比例する」という言葉です。玉川堂も海外進出をしていますが、はっきり言うと大きな売上につながっているとはまだ言えません。それでも海外に行くのは、海外の文化を学び、発想力を高めるためです。私が燕三条でいろいろな経営者と接して学んだのはこのことです。海外出張が多い経営者のところは、経営戦略に富んでいます。海外ビジネスで儲けるのはもちろん大事なことですが、それよりも海外でビジネスをするうえで大事なことは、発想力なんですね。「発想力が移動距離に比例する」。これは燕三条の職人にも当てはまります。燕三条の職人がずっと工場だけでものを作っていても、会社の将来はありません。海外に行かなくてもいいですから、いろいろなセミナーに行ったり、出張に行ったり、お客様の声を聞いたりといったことでもいいのです。玉川堂の職人は製作体験をしていますので、ぜひ、職人といろんな会話をしてください。会話することが、日本の地場産業を高めていくのです。海外ビジネスは利益を得るためだけにやるのではありません。発想力を生むためにやるのです。こうして生まれた発想力は、これからの日本の経済成長につながるはずです。

有名ブランドのロゴマークは室町時代の家紋

玉川堂の商品は江戸時代のデザインを参考にしています。約260年間の鎖国中、浮世絵をはじめとし、世界史上まれに見る美しいデザインが生まれました。玉川堂の製品の中には、縞模様や水玉の模様を施したものがありますが、この水玉模様は江戸時代に開発されたデザインです。

ルイ・ヴィトンやシャネルのロゴマークは室町時代の家紋からできています。この花柄の模様の下の方に菱形のモノグラムがありますが、これは薩摩家の家紋でもあります。この薩摩家の家紋をアレンジしたのがルイ・ヴィトンのロゴマークです。ですから、ヨーロッパのブランドは、日本の文化を相当参考にしていることが分かります。また、日本人が慣れ親しんでいるシャネルのロゴマークも家紋から来ています。約150年前に欧州でジャポニズムといって日本が大ブームになりました。真に美しいものは国境を越えて集められるのですね。これから私が製品を作る上で大切にしていきたいのが、このジャポニズムなんです。ネオジャポニズム。地場産業をどんどん連携させて、日本青年国際交流機構さんとも連携しながら、新しい日本文化をこれからも築いていきたいと思っています。

玉川堂での社員育成方法

玉川堂での社員育成についてお話しします。玉川堂の朝は掃除から始まります。玉川堂では朝8時半から仕事が始まりますが、7時45分から掃除します。私も参加します。次に朝のストレッチ。玉川堂の職人は叩く作業が多いので腰に負荷がかかり、腰痛が玉川堂の職業病です。そこで朝の8時10分から20分間ストレッチをし、自身の身体をメンテナンスする意識を持ち、職人として長く機能する身体作りを目指しています。また、毎週金曜日には書道をやっています。日本人である以上、書をちゃんと書けるようにしたいですね。さらに、海外からのお客様にきちんと銅器のことをお伝えできるよう、英会話のレッスンも毎週実施しています。会社のイベントとしては、新潟県のマラソン大会にチーム玉川堂として毎年出場し、仕事以外での社員同士のつながりを育んでいます。

伝統は革新の連続

最後に伝統と伝承についてお話しします。伝統と伝承は基本的には同じような意味合いだと思われていますが、私は全く違う言葉だと思っています。伝承というのは技術を受け継ぎ、同じことをやっていくことです。それに対して伝統は革新の連続なのです。技術を受け継ぎながら革新を連続させることが伝統だと私は思っています。今、老舗の会社がどんどんつぶれています。伝統工芸に限らず、本来ならば世界に誇るべき技術を持っているはずの食の世界、芸能、その他いろんな分野で老舗が存続できなくなる。世界で認められているということは、一番つぶれない商売であるはずです。それなのにつぶれていくということは、ずっと「伝承」であったというところが一番の大きな問題であると思うのです。ですから、これからは、伝統とは革新の連続であり、伝統工芸と言えば新しいものを作るということが不可欠であると考えます。

玉川堂の場合は、今、青山にお店があり、来年には銀座にもお店ができます。将来的には、ニューヨーク、パリ、香港にショップを考えています。お客さんあってこその技術です。高い水準を誇る新潟の文化、日本の文化、技術。これをどのように世界に認めてもらうかが、これからの最大の課題だと思っています。

次世代グローバルリーダー事業「世界青年の船」課題別視察

平成29年1月26日、次世代グローバルリーダー事業「世界青年の船」の六つのコースの内容に即した課題別視察が実施されました。

1.ダイバーシティ推進とインクルーシブ社会の実現コース
概要: 性別、国籍、宗教、障害の有無など、社会を構成する人々の多様性(ダイバーシティ)について理解を深める。その上で、差別や偏見のない、だれもが豊かに暮らすことができるインクルーシブ社会の実現に取り組めるようになることを目指す。
視察先: 日本航空株式会社(JAL) 人事部ダイバーシティ推進グループ

羽田空港近郊のJALメンテナンスセンターにて、人事部ダイバーシティ推進グループの宮下雅行氏から、多様な人材が活躍できる職場にするための取組等を御紹介いただいた。その後、3部構成で社員の方と意見交換した。

第1部では、カフェを見学し、JALグループで働く障害のある社員と意見交換した。参加青年は仕事環境やシフト、採用方法等、多くの質問をした。障害を持つ社員は「SKYCAFÉ Kilatto」という軽度の知的障害がある社員を中心に運営しているカフェの飲み物の提供や様々なオフィス業務を行っている。障害のある社員一人一人に見守り役の人が付いていて、その多くは元客室乗務員であり、客室乗務員として得られた豊富な経験をいかし、礼儀作法についても指導できるという点が印象的だった。

日本航空株式会社で働く外国籍社員から体験談を聞く

第2部は外国籍社員、第3部は女性社員との意見交換をした。JALでは外国籍社員向けの日本派遣制度や日本語教育制度等の育成プログラムが整備されており、日本国内のみならず現地採用等を行って積極的に外国籍社員を採用している。米国、中国、ミャンマー出身の社員は、日本企業及び日本で働くことに不安があったが、多くのサポートによって今では楽しく業務を行っていると話していた。女性社員との意見交換では、飛行機の安全管理業務を行っているエンジニアの体験を聞いた。天候やフライトの関係で業務時間が深夜になることもあるが、安全を第一にお客様へ最高のサービスを提供したいという想いが彼女のモチベーションとなっていた。また、米国にあるエアバス社に出向する機会がある等、女性でも海外で働くチャンスが多くあるという点も印象に残った。

2.平和構築のための対話型アプローチコース
概要: 身近な社会問題と照らし合わせながら、平和な社会を築くために不可欠な基本的人権、平等、正義などの概念への理解を深め、健全な人間関係の構築や、日々の生活における対立・衝突を平和的に解決するためのコミュニケーションの在り方を学び、実践できるようになることを目指す。
視察先: 認定特定非営利活動法人カタリバ

高校生との対話を大切にするNPOカタリバにて、林曜平(ジョン)さんより話を伺った。2001年に設立、2006年にNPO法人化された。カタリバは「カタリ場事業」と「東北復興事業」の二つの事業を軸に、対話を通して高校生が将来に希望を見出し、自己肯定感を高めるための活動をしている。正解を教えたり押しつけたりするのではなく、価値観を交錯させ、答えを一緒に探す。それが対話である。約6,900名の大学生ボランティアを中心に年間約240高校でカタリ場事業を行っており、参加高校生は47,200名を上回っている。岩手・宮城で実施している「東北復興事業」では、震災の経験を悲しみから強さへをモットーに心のケア、学びのセーフティーネット確保と復興を担うリーダーを輩出するための活動をしている。

参加青年は、大学生ボランティアの募集や研修方法、参加高校生への参加前と参加後のアンケートの実施の比較結果、実施する高校との事前の打合せなどについて質問した。外国参加青年からは、日本は自殺が多いイメージがあるが、このようなカタリ場の事業で自殺予備軍を救っているのではないかという意見も出た。

認定特定非営利活動法人カタリバの活動について林曜平氏より説明を受ける

次に人生グラフの作成を行い、ペアになって真ん中のゼロから山になったところ、谷になったところについて具体的になぜそうなったかを各2分ずつ話すワークショップを行った。自分の過去と今を見つめ、それを育った環境の違う人に説明することは大変で、2分間では終わらなかった。

最後に大学生ボランティアの体験談を聞いた。印象的な言葉は、「高校生と向き合うことは、自分とも向き合うということ」であった。今回の訪問を通じて対話の背景にあることを考えながら、その人を受け止め、自分と向き合うことは、「世界青年の船」事業の参加青年の交流にも通じるだろう。

3.防災活動のための人材育成コース
概要: 世界の様々な地域で起きている災害や、防災活動の事例に基づき、災害に強い社会をつくるためにどのような取組や人材の育成が必要かを理解する。参加青年がボランティアとして防災及び災害の場で活躍できるようになるには、いかなる訓練が必要かを学び、現場において活躍できるようになることを目指す。
視察先: 特定非営利活動法人Church World ServiceJapan /特定非営利活動法人国際協力NGOセンター(JANIC)/池袋防災館
特定非営利活動法人CWS Japan事務局長の小美野剛氏より国内外での災害リスク軽減に向けた活動について聞く

特定非営利活動法人国際協力NGOセンター(JANIC)にて、理事の定松栄一氏より、JANICが取り組む防災分野におけるNGOの連携活動について話を聞いた。その後、東日本大震災に対する支援を行うChurch World ServiceJapanの事務局長であり、防災・減災日本CSOネットワーク(JCC-DRR)の事務局長でもある小美野剛氏よりお話を伺った。JCC-DRRはJANICを含む24団体の呼びかけにより設立された団体であり、国内外で災害リスク軽減に向けた活動を行っている。小美野氏は、2015年3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議において、災害で生じるリスクを正しく理解しておくことの重要性を訴えた経緯について話し、それまで誰も認識していなかった問題を解決するために必要なリーダーシップとは何かについて話された。また災害だけでなく紛争等により、現代の人道状況が第二次世界大戦時に匹敵するほど悪化していることに触れ、一人一人が良きリーダーとして継続的に問題解決に取り組むことが必要だと述べた。参加青年は小美野氏の話や人柄に感銘を受け、リーダーシップに関する質問や自国の状況に関する相談など質疑応答は昼食交流会の間も続いていた。中には「原子力発電所の誘致を検討している自国に正しくリスクを伝え、その上で国民が是非を決断できるように働きかけたい」と語る参加青年もいた。

その後、池袋都民防災教育センター池袋防災館を訪れ、震度7の地震体験では瞬時に机の下に身を隠す難しさを体感した。日本独自の防災システムである緊急地震速報の仕組みは多くの参加青年の興味を引いた。東日本大震災の実録映像を綴った防災教育動画も視聴し、地震の種類や発生メカニズム、付随して起きる津波、火災、液状化現象についても学んだ。

4.国際貢献活動コース
概要: 国や地域が抱える社会問題や世界の共通課題を把握し、それらの課題解決のための政府の役割と、どのように国境を越えた草の根の援助活動や民間の連携が行われているのかを理解する。参加青年自身が積極的に国際貢献活動に参加できるようになることを目指す。
視察先: 独立行政法人国際協力機構(JICA)/公益財団法人オイスカ
独立行政法人国際協力機構(JICA)の中村貴弘氏と公益財団法人オイスカの菅原弘誠氏より、日本政府と民間団体が世界各地で行っている取組について聞く

JICAの中村貴弘氏及び元青年海外協力隊員の高橋文彦氏より、日本政府が行っている国際協力事業について聞き、公益財団法人オイスカの菅原弘誠氏より、非政府組織として世界各地で行っている取組についてお話していただき、異なる二つの視点から国際貢献についての幅広い知見を得ることができた。中村氏から政府開発援助を始めとするJICAが担う役割を御説明いただき、なぜ日本政府がこれほど熱心に国際協力に取り組むのか、国としての国際貢献の意義や重要性について理解を深めた。続いて高橋氏から、ウガンダ共和国の野生生物教育センターで行ったゾウの飼育指導の活動の経験について御紹介いただいた。ウガンダでは密猟や農地開拓のために多くの野生動物が犠牲となっており、保全活動に欠かせない知識や技術とともにその重要性をウガンダの人々に広く訴えていくことが欠かせないという言葉に多くの参加青年が頷いていた。また、菅原氏からはオイスカの農村開発事業や環境保全活動ついて、御自身のフィジーでの経験も踏まえながらお話しいただいた。農業を通じた人材育成と国作りを目指し、地域住民を主役として彼らの声に耳を傾けながら、次の世代へも配慮したオイスカの実践的な活動は非常に印象的であった。参加青年からは被援助国の情勢がJICA及びオイスカの取組にどのように影響するのか、また活動資金源の違いから活動にどのような難しさがあるかといった質問がなされ、双方の違いをより良く認識しようとする積極的な姿勢が見られた。また「世界青年の船」事業の既参加青年である中村氏に対して、同事業の経験が開発業界で働く上でどのように役立っているかという質問があり、この事業からの学びを参加青年自身の今後のキャリアにつなげようとする意欲的な姿勢が見られた。

5.責任あるツーリズムコース
概要: 観光とは本来、その土地の経済を活性化し、環境や文化の保護に寄与する役割を果たす産業である。しかし、過剰な利益の追求や過度な開発、急激な外来文化の流入は、環境資源や労働力の搾取、あるいは文化の破壊の原因にもなり得る。観光開発による影響や旅行業の在り方、そして旅行者自身の意識と行動の規範を理解し、持続可能な観光の実現・普及に貢献できるようになることを目指す。
視察先: 特定非営利活動法人パルシック(PARCIC)

今回の講演会場である「パクチーハウス東京」にてランチを楽しんだ。「パクチーハウス東京」は第10回「世界青年の船」事業既参加青年の佐谷恭氏が経営するレストランで、佐谷氏からレストランと料理について紹介があった。

特定非営利活動法人PARCICの西森光子氏より地球上の人と人が相互に助け合う「民際協力」や「フェアトレード」について話を聞く

ランチの後、基調講演者のPARCICの西森光子氏より、団体の活動や方針、「責任あるツーリズム」に関する講演があった。PARCIC(パルシック)は、1973年に設立された特定非営利活動法人アジア太平洋資料センター(通称PARC:パルク)から、2008年、地球上の人と人が相互に助け合う「民際協力」や「フェアトレード」の二分野に注力する組織として設立された。東ティモール、スリランカ、マレーシア、東日本大震災被災地、そして中東における様々な活動が、いかに地域との共存、持続可能性、公正な関係に基づいているかが紹介された。

「責任あるツーリズム」という題材に対しては、ツーリズムの良い面と悪い面として、モルディブ、マレーシアから問題のある事例、また、マレーシア、ヨーロッパ、日本、ベツレヘムからは良い事例が紹介された。悪い事例としては、現地の人とかかわらず、現地にお金が落ちていない点が紹介された。事例紹介後に青年たちはグループを作り、「責任あるツーリズム」を実行するために何が必要かについて話し合った。

6.青年のエンパワメントコース
概要: 地域社会の課題解決のためには、次世代を担う青年の活躍が不可欠である。青年が本来持っている潜在的能力に気付き、その能力や主体性を引き出し、自己肯定感と当事者意識をもって社会変革に取り組める青少年の育成ができるようになることを目指す。
視察先: 一般社団法人 グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)

GiFTの事務局長、辰野まどか氏に話を聞いた。辰野氏はGiFTを通じて「地球志民」を育成するための場作りを実践している。「地球志民」とは、GiFTのプログラムのコンセプトで、四つの要素①地「自己を知る、受け入れる」②球「相手を知る、受け入れる」③志「共に取り組み、共に創る」④民「社会に参画し、還元する」から成り、GiFTではこれらの循環によって「Global Citizenship(地球市民意識)」が育まれるとしている。現在は官公庁や教育機関等と幅広く連携してあらゆるプログラムを手掛けている。

自分が歩んできた人生、人生の転機をシェアするワークショップを行う参加青年

今回の講義は、二つのワークショップ「自己紹介ワークショップ」「My GiFT Curve ワークショップ」を中心に行われた。「自己紹介ワークショップ」の狙いは、様々な境遇の人が共存しているということの確認にあった。また、声を出さずに行うことによって①公平性を実現し(自分の現時点での英語力を気にすることなく行えたという点において)、②集中力が高まり、③表現への意欲も高まったように見えた。GiFTの理念の実現とエンパワメント(本コースの目指すところ)の実践が垣間見えた瞬間だった。

「My GiFT Curveワークショップ」の狙いは、「ストーリーを共有する」と「コメントし合う」というプロセスを踏むことによって、互いの共通点と相違点を見付け出すことにあった。共通点の発見によって参加青年同士の結び付きは強まり、相違点の発見によって参加青年自身が多様性に気付かされた。

GiFTの創設ストーリーを辰野氏から聞くことによって、組織が生まれ成長していく過程でのエンパワメントの事例を知り、GiFTの目指すものを意識した上でワークショップに臨むことができた。

辰野氏は、講義全体を通じて、多様性に気付き、多様性を大事にできる人を育てる場を作るというGiFTの活動への共感と賛同を求めるとともに、これから「世界青年の船」事業という「最適な」経験をする参加青年を前にして期待をこめて応援したいという気持ちを伝えているようでもあった。

第5回青年の船の会45周年の集い
大阪で開催
大阪大会事務局 出口 源太

平成28年10月30日(日)、大阪市の新大阪ワシントンホテルプラザにて、昭和46年度「青年の船」事業(第5回「青年の船」)の参加者による45周年記念の集いが開催されました。

当日は絶好の秋晴れの下、タイ及びシンガポールからのOM(海外青年)家族5名や逝去した団員の奥様などを含め合計107名の参加があり、前回の九州大会から2年ぶりに旧交を深めた有意義な1日となりました。

大会は「河内おとこぶし」のメロディーの流れる中、兵庫の高谷敏氏と奈良の前田賀代子さんの司会で始まり、実行委員長の大阪、高橋美恵子さんの歓迎の挨拶、管理部の佐藤正紀氏の挨拶に続いて、青年の船の歌の大合唱は全員65歳以上という年齢を感じさせないパワーあふれる歌声でした。

また、4月には熊本地震、直前10月には鳥取地震があり、その被害に遭った団員も参加して恐怖の体験談のほか、支援への感謝の気持ちを語られ、災害への備えの重要性を認識するとともに、仲間の連帯意識の大切さも感じられたものとなりました。

写真撮影の後、管理部の木曽亭二郎氏の発声による乾杯で懇親会に移ると、当時の思い出話に花が咲き、みんなこの時ばかりは20代のあの頃にかえって楽しい時を過ごすうちに、次回の中京地区での再会を約して解散となりました。

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